混xxxチキ ショートショート劇場 Vol, 3



□□□ヘブンズドア□□□


仕事柄いろんな人間達から臨死体験を聞いて来た私だが、実際に私自身がそれを体験してみることになるとは、夢にも思わなかった。

私の体がデスクから転げ落ち、その周りで、慌てふためく部下たちの狼狽振りを天井から眺めおろした光景は、正に今までに私が面談してきた、数多くの人間達の言葉とほぼ同じものであった。

私の死因は過労死であろう。
重い責任のある最高裁判長として、君臨してきた年月は、プレッシャーとの戦いの日々でもあった。
その職務から解放された今、不思議なことに死に驚くよりも、私はなんとも言葉に尽くせない自由を感じている。


幽体離脱を体験したその後、気がつくと私一面の花畑を歩いていた。

こんなきれいな花畑を、なんのしがらみも無く歩くのは、どれほど久しぶりであろうか。
思えば、どれだけの長い年月、働き尽くめだったのかさえも、今でははっきりと思い出せない。
当然安らぎなど感じるゆとりさえなかった。

遠くからは川の流れる水音がうっすらと聞こえてくる。
向こうが三途の川原であろう。

足元には辺り一面を色とりどりの花が咲き乱れ、空からはきれいな鳥のさえずりが聞こえてくる。
なんともいえぬ清清しい気持ちだ。
まさに天にも昇る気分とはこのことだろう。


遺してきた仕事が気にならない訳でも、未練が無いわけでもない。
しかし、こうなった今、全てを受け入れる方が潔いのだろう。
たった一つの私の財産は、手塩にかけて育ててきた部下たちだ。
立派に後任を果たしてくれる事を信じよう。


三途の川原に出ると、霧の立ち込める水面に小さな桟橋があり、船が一艘横付けされていた

しかし辺りを見回してみても、渡し守の姿はどこにも見当たらない。
死して尚、偉ぶるわけではないが、まったくもって職務怠慢である。
管轄部署に厳重注意を与えねばなるまい。


と、その時一陣の風が重い霧を吹き払うかのごとく、私の周りを吹き抜けて行った。

川の向こうに目を向けると薄靄の向こうに神々しい光が満ち溢れている。
静寂な光はやがて、徐々に私の身の回りを包み込みはじめた。
いよいよお迎えが来たのだ。

誰もが皆、抗えぬ力に身を任せて生きているものだ。
この私とて、所詮同じであったのだ。
なのに、それを認めず、一切合切を力でねじ伏せてきた私の生涯は、果たして正しかったのだろうか。

今更ながらに私が虐げてきた者達への後悔が募る。

もし許されるなら、そして、もし私が生まれ変われるとするならば、富も権力もいらない。
平凡な日常の中で共に笑い合い、涙することのできる仲間と共に、ただ自由に生きてみたい。
それが、今の私のたった一つの願いである。


まもなく私の視界の全てを光が満たした。
涼やかな音色が響き渡り、一人の天使が私の目の前に現れる。

あどけなさの残る天使の美しい瞳。

天使は私と目が合うとにこりと微笑をもらしてこう言った。


「あぁっいたいた!!。閻魔大王様ぁ、神様からの伝言でね、まだまだ勝手に死ぬなよなぁ…ってさ。
もう一度生き返らせるから、今すぐ地獄の裁判所までお戻りくださいな。」



私の苦虫を噛み潰したような顔が、さらに渋柿を食べたように歪んだのは言うまでもない。


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